与太話

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世界の解釈

本を読まなければならない。

詩を読まなければならない。

映画を観なければならない。

人と話さなければならない。

言葉が足りない。言葉が欲しい。

自分を表すための言葉が。

自分を理解するための言葉が。

世界を表すための言葉が。

世界を理解するための言葉が。

真の理解なんて本当はどこにもないのかもしれない。その時その時の解釈があるだけなのかもしれない。理解ではなく解釈だけがある。

何が本当で、何が本当でないか。

何もわからない。何もわからないままに生きていくのか。何もわからないままに死んでいくのか。

わかりたい。理解でなく解釈で構わない。

自分なりの解釈が欲しい。自分を納得させるだけの解釈が欲しい。

この感覚はいつまで続くのか。

この感覚はどこまで付いてくるのか。

わけがわからなくなってしまいたい。

体液

体液が滲む
血液 精液 涎 涙
体液が漏れる
血液 精液 涎 涙

 

体液が滲む
血液 精液 涎 涙
体液が漏れる
まだ生きている

鮮度

眠れない夜、文章を書く。

思いつくままに、雑然とした文章を書く。

内容は次の日になればもう覚えてない。

感情はナマモノである。鮮度が失われないうちに作品に閉じ込めなければいけない。

記憶の鮮度。時間が経つにつれて記憶の鮮度は落ちていく。記憶が薄れる。曖昧になる。消えていく。残るのは印象として感じた感覚のみ。

記憶はどこへ行くのだろうか。

記憶はどこへ行くのだろうか。

頭の中に仕舞われているのか。

思い出そうとすら思えない些細な記憶。

どこへ行ったのだろう。

感情や印象を伴わない記憶は頭の引き出しの奥底へ追いやられていくのだろうか。

忘れたくない。失いたくない。そんな記憶が徐々に薄れていくこのもどかしさ。抗えない。

日記をここしばらくつけていなかった。

再開しよう。少しでも記憶を留めておきたい。

小さな抵抗。

さむざむ

寒いのは苦手。

暖かい方がいい。

肌と肌が触れ合った時の温もり。

心と心は触れ合えないまま。

心は寒々としたまま暖かくはなってくれない。

触れ合いたい。心と心で。

融けあいたい。身体も心も。

誰かと一緒にいてもいつも孤独を感じている。

互いに笑いあう。

通じ合わないまま。触れ合わないまま。

心の中はいつだって寒いまま。

尊い

何も考えないこと。

それはとでも尊いことである。

故に動物は尊い。植物は尊い。

人間だけがあれやこれやと考えを巡らせて余計なことにあれやこれやと手を出し続ける。

人間にあるのは知性ではない。好奇心である。

知性があるのならば、文明・科学の進歩をある時点でストップすることができたはずである。

しかし人間が持っていたのは知性ではなく好奇心。好奇心には限界がない。好奇心を止めるものは恐怖心だけ。その恐怖心は過去のデータでしかない。ここまで進歩する必要は果たして本当にあったのだろうか。誰しもがよりラクに、より早く、より大量に、より便利に、、、といつた願望を持っている。そしてそれが人類全体が持つ願望でもあり文明の進歩をここまで推し進めてきた。どこかで歯止めをきかせるときがいずれくる。そうでなければこの星の寿命をどんどん縮めていくだろう。人間は愚かだ。

動物はただ生きている。

この"ただ生きている"という生き方がどれだけ素晴らしいか。どれだけ尊いことか。

ただ生きるだけ。余計なことは何もしない。

暇に耐えることができる。動物は偉大だ。

 

動物のように、植物のように、昆虫のように、

ただ生きるだけの生き方がしたい。

石ころのように、ただそこに在るだけの在り方でいたい。

 

忘我と自由

文章を書くということに生理的な快感を抱いている。文章の内容がめちゃくちゃだろうと何でもいい。とにかく吐き出したい。なんでもいいから吐き出したい。文章を読み返して推敲なんかしない。ただ思いつくままに書き散らすだけ。書く作業が目的である。その文章の完成形なんてどうでもいい。書くということがすべて。書いていたい。吐き出していたい。なんでもいい。精神のドロドロとしたものを吐き出す。精神的な排泄行為とでも言おうか。浄化。

何を書いたかなんて内容は次の日にはすっかり忘れている。それでいい。それでいい。明日になればまた何かを書くのだろう。それでいい。それでいい。書くということを意識しだすと何も書けなくなる。忘我。我を忘れて書くことに熱中している時は止め処なく言葉が溢れてくる。自意識過剰な僕は常に俯瞰した視点で自分自身を見つめているもう一人の自分がいる。離人症の軽いヤツみたいな感じなのかな。よくわからないけど。そいつの存在が幼い頃から厄介だった。身体の僕の行動を逐一制限する。いまだにそいつをうまく飼い慣らせていない。何をするにも俯瞰で見ている僕がいる。何かに熱中している忘我の時だけがそいつから自由になることのできる時間。それがいまは、曲をつくる、絵を描く、文章を書く、ということ。忘我と自由。

言葉

お互いに手を繋いでいる。

けれどお互いに手袋を嵌めたまま。

通じ合わない。触れ合わない。

通じ合ったふり。触れ合ったふり。

それで満足している人ばっか。

素肌と素肌で触れ合いたい。

心と心で触れ合いたい。

言葉がもたらす境界線を無くしたい。

融けあいたい。ひとつになりたい。

言葉、言葉、言葉、言葉、

言葉が世界を分ける、分ける、分ける、

これでもかというほど細かく細かく分ける、分ける。

本来、言葉なんてなくてよかった。

言葉のない世界こそが本当の世界。

しかし、一度言葉を覚えてしまったなら、

今度は有りとあらゆる言葉を知り尽くすことでしか本当の世界には近づけない。ただしそれは虚構の世界。

動物は尊い。植物は優しい。

人間という愚かな生物として生まれ落ちてしまった恥を死ぬまで背負って生きていく。

借り物の言葉に塗れながら。

ああ、本当のことが欲しい。本当のことが欲しい。本当のことが欲しい。本当のことが欲しい。